君と呼べない君を想う

千尋の谷を転がり落ちるように恋に落ちた編3

 

 ……目が覚めたのは、窓の外がほんのり明るくなっていたから夜明けごろだろう。一瞬自分がいる場所が理解できず、

しばし戸惑った。傍らには天使がいる。ここは天国?違う、イヤ違わない。確かにここに天使はいる。無防備な寝顔のカルラが、

オレに寄り添っていた。 なんせ百八十オーバーの男二人がシングルベッドに寝ているのだから、ピッタリ寄り添わない

わけにはいかない。カルラの綺麗な寝顔を見つめて胸をキュンキュンさせながら、オレは昨夜の出来事を少し思い返してみた。

 

 ……自分でもさすがにちょっとどうかしてたとは思う。もう少し落ち着いて行動するべきだったんじゃあないだろうか。イヤでも、

カルラを好きになったのは確かなんだし、オレに 上手な恋の駆け引きなんてできるわけないんだから、ああするしかなかった気もする。

しかし……カルラの部屋から出てくるオレを蓮あたりに見られてしまったら気まずい。とりあえず、 今のうちに自分の部屋に戻っておいた方が

いいかな、と思い、オレはカルラを起こさないようにそっとベッドを抜け出して服を拾い集めて着た。それからもう一度カルラの寝顔を見る。

カルラの寝顔

 普段のカルラは、氷のように美しい。ひんやりして、透き通っていて、鋭くて、儚げで。

 ベッドの中の昨夜のカルラは、溶かしたチョコレートのように甘く熱く濃厚に絡みついてきて、 飛び切りおいしいデザートのようだった。

ごちそうさま。

 そして今眠っているカルラは、なんだかふんわりしてキラキラして、生まれたての子ネコみたいで、なんだかたまらなく愛おしい。

できればずーっとこのままいつまでも見ていたい。それは無理と分かってるけど。

 名残惜しくカルラの頬にキスしてから、オレは自分の部屋に戻った。

 

 ふたたびオレはベッドに突っ伏して、大きなため息をついた。切ない。

 いや、もちろんおおいに幸せではあるんだけど、カルラの甘い匂い、熱い息遣い、滑らかな 手触りの余韻はまだオレの中に

残ってるけど、好きだああああ!!って大声で叫びたいけれど、 でも……その幸せの中に、トゲのように切なさが突き刺さっている。

理由は分かってる。オレは カルラが好きだ。だけどカルラは結局一度もオレの事を好きとは言わなかった。カルラにとってのオレは……?

分かってる、けど認めたくない。オレは、どうにもならない切なさと甘い愛しさを抱きかかえたまま、少し眠った。

 

 朝、ボーっと上の空のまま蓮と涼介と一緒になり、食堂で朝食をとることにした。カルラの部屋の方は見られなかった。

試合前は食事をとらないタイプも多いようで、食堂はさほど人は多くない。何を食べているやらよく分からないまま食事をとる。

蓮がオレの様子を見て、医務室で診てもらった方がいいんじゃないかと言ったが、オレはそーゆーんじゃないからと答えた。

医者に診せて何とかなるなら診てもらいたいぐらいだが。涼介が口を開いた。

 「あのカルラちゃんさあ、どっかで見たことあるような気がしてたんだけど雑誌で見かけてたんだよ」

 「雑誌?モデルでもやってんのか?」

 蓮が聞く。確かにモデルをやっててもおかしくない外見だ。

 「いや、そーゆーんじゃなくて、この大会に出る前に主催者の事をいくらか調べてみたんだよね。地下闘技場のオーナーで

闇ギャンブルもやってるような黒いウワサのある人物なんだ けどさ、まあその人が載ってる雑誌を手に入れてみたりしてたんだけど、

ホラこの記事のこの写真、オーナーの愛人兼ボディーガードって書いてあるんだけど……コレ、どう見てもカルラちゃんだよねぇ」

 サングラスをかけたハンパに長い髪の男にピッタリ寄り添うように立っている、柔らかく淡い金髪、あまり画質の良い写真では

なかったが、それでもこのほっそりしたスーツ姿は見間違いようもなくカルラだった。あのあまり似合わない黒スーツは、

ボディーガードとしての制服だったのか。そして……「愛人」の二文字はオレが目をそらそうとしていた現実を容赦なく

突き付けてきた。カルラは、他の男のモノなんだ。そして昨夜のアレは、一夜限りの戯れにすぎなかったんだ。薄々そうと感じつつも

認めたくなかった、でもコレが……現実だ。

 オレは目の前が真っ暗になり、イスから崩れるようにしばしその場にしゃがみこんだ。

 蓮と涼介にムリヤリ医務室に連れていかれそうになってオレは必死に抵抗して、オマエは昨日からなんかオカシイと蓮に

問い詰められて、オレはやむを得ず、昨日突然恋に落ちてしまった事をポツリポツリと話し始めた。涼介は気を利かせてコーヒーの

おかわりを持って来てくれた。

呆れる蓮

 「……で、テメェの回りくどくて要領を得ねぇ長ったらしい話をまとめるとつまりこーゆー 事か?」

 オレの話をしばらく聞いていた蓮が、苦々しげな表情で言った。

 「あのエロい尻を見て発情したと」

 「そーゆーんじゃなくって!!もっとこうピュアラブっていうか、胸がキューンときて ドキドキして」

 「違う所ドキドキさせてるだけじゃねーか」

 「そーゆー事言うなよ!!」

 違うとまでは言い切れない所は、認めざるを得ないが。

 「まあまあ、そここだわってると話が進まないからさ、ここはとりあえずピュアラブって事でいいんじゃない?で、

それから義央ちゃんどーしたって?」

 「それで……他の男に先を越されたくないって思ったのと、カルラの部屋の場所が分かっていたから……ゆうべ、

その……カルラの部屋に」

 「そんで?カルラちゃんはどうしたの?」

 「その……二人、ベッドの中に」

 ……そっと二人の様子をうかがうと、蓮はあからさまに引いた表情で実際にちょっと身を 引いた。涼介は好奇心で

目をまんまるくしてオレを見ていた。

涼介と蓮

 「え……っとそれで……どんな感じだった?」

 声を潜めて涼介が聞いてくる。

 「すっごく良かった。夢のようだった」

 さすがに具体的には言えないのでこういうあいまいな感想になる。蓮が明らかに白い目で言った。

 「会ったその日のうちにベッドインしておいて、なにがピュアラブだよ」

 「イヤそれはそうだけど、オレの気持ちとしては純愛なんだよ」

 「ロミオとジュリエットをしのぐ早業だねぇ」

 「イヤ、ロミオとジュリエットにはなれないんだよ、だってカルラの方は……」

 雑誌の方をチラリと見る。そして……深々とため息をついた。

 「なるほど、オーナーの愛人に手ェ出したわけだ。オマエ、ヘタすると山中に埋められるな」

 そういえばそういうリスクもあったのか。

 「イヤイヤそうじゃなくて!ただカルラは……オレの事、ほんの戯れの相手としか見ていな かったんだと思ったら……」

 「でもだってオマエ、タダで一晩良い思いしたんじゃねーか」

 「イヤそうだけど!それじゃあこのオレの純愛の行き場はどこに!?」

 「最初っからなかったんだよ、そんなモンは」

 「あ、カルラちゃん」

 食堂から続く廊下の方にカルラの姿があった。オレはとっさに立ち上がりカルラに駆け寄ると カルラを壁際に追い込むような形で

詰め寄った。カルラは氷のような目でオレを見た。

 

 「なんだよ、ちょっと体をゆるしただけでもうオレの事を自分のモノだとでも思ってんの? 勘違いすんじゃねーよ、

おまえみたいな青臭いガキにつきまとわれちゃあ迷惑なんだよ」

 

 バッサリと冷たく言い放つ。少し前のオレだったらこの言葉にひるんでいただろうが、愛人と知っておおいにショックを受けた後では、

この程度の言葉は想定内だ。……ちょっと心が ズキズキ痛んではいるけど。

 「イヤ、そうじゃないんだ……カルラに聞きたい事があって」

 カルラはゾッとするほど冷たい目でオレを見ている。その顔はゾッとするほど美しかった。

 「カルラは……この大会をやってる人の愛人だって聞いたんだけど……それって本当?」

 オレにこんな事を聞かれるのは意外だったのか、カルラは少し驚いたようで、それから少しうつむいて考えこんでいるようだった。

ゾッとする美しさが、儚げな可憐さに変わる。

 「そんな話を……どこで?」

 「涼介が雑誌でたまたま見たって……やっマり本当なの?」

 「……昨日までは」

 「昨日?え、じゃあそれって……?」

 さらにうつむいたカルラは、捨てられた子ネコのようにまるで凍えて震えているようだった。

 「ゆうべ連絡があって……愛人とボディーガードはクビだって……」

 カルラの目にみるみる涙がたまり、大粒の涙がこぼれた。まるで朝露に濡れる白薔薇のようだった。

カルラの涙

 「金で雇われた身だから、都合が悪くなると捨てられるんだ……分かってはいたけど…… くやしい」

 オレはどうすればいいのかよく分からなかったが、とにかく目の前でカルラが泣いているの をただ見ているわけにもいかないので、

そっとカルラの頭を撫でてみた。するとカルラは、 崩れるようにオレの左肩に顔をうずめて、声を出さずに泣いた。

 ……オレはこの状況をどう受け止めたらいいんでしょう?カルラが愛人をやっていたのはすごくショックだ。でも昨日のうちにクビに

なっていたのはオレにとってはうれしい話だ。 でもクビになってカルラが泣いているのはやっぱりイヤだ。オレは……

おいしくいただきました

とりあえずこの状況 は、ごちそうさまです。そう思いながらカルラの体をそっと抱きしめた。

 「オマエら……朝っぱらからなにしてんだよ」

 すぐ後ろから蓮に声をかけられた。

 「あー違う違う!!別にヘンな事はしてないって!!あ、あのカルラ、とりあえず食堂の方へ行こうか?」

 カルラを抱き寄せたまま食堂の方へ連れて行き、はしっこの方に座らせた。手際よく涼介が カルラの分のコーヒーを持ってきた。

オレはカルラの右隣り、涼介はカルラの向かいで、蓮がオレの向かいに座った。 カルラの表情は硬いが、今は泣いてはいない。

 「で、このバカをもてあそんだアンタの言い分も聞いてやるからとっとと話せ」

 蓮は少々ご立腹なのだろうか、不愛想に言い放つ。カルラは無表情のまま淡々と話し始めた。

 

 「オレは元々、地下闘技場でヴァンプと呼ばれているファイターだった。それがオーナーに 見染められて一年ほど前にボディーガードとして

雇われて、それから割とすぐに愛人にもなった」

 あ、ボディーガードとしての方が先だったんだ、とか、やっぱりヴァンプだったのかとか、 ぼんやりした感想が頭をよぎる。

 「この大会には参加者として入り込んで内側から警備するように言われてきたんだけど…… ゆうべ急にクビだって言われて……今思えば、

面と向かって別れ話を切り出すと逆上したオレに なにされるか分からないと思って、一旦こっちに隔離したって事だったんだろうな」

 確かにカルラがカッとなったら相当怖そうだ。ボディーガードに半殺しにされたらシャレに ならない。

 「周りをボディーガードで固めた上で別れ話ってわけにもいくまいし。そんな事したら、人に 聞かれたくないいろんな話ブチまけてやるし」

 ボディーガード兼愛人って、別れようと思えば難儀な相手だな。

 「それで……なんか都合が悪くなったからオレを切り離さなきゃいけなくなったって、一方的に 言ってきて……」

 

 ここでカルラの手がさっと冷たくなり、小刻みに震えはじめた。なんでオレにそれが分かるかというと、さっきカルラがオレの左肩に

顔をうずめた時、カルラの右手がオレの肩の後ろ、Tシャツの袖のあたりをギュッとつかんでいて、ずっとそのまま隣に座っている今でも

つかんだままなのだ。本人にはつかんでいる自覚もないのかも知れない。その手が今、オレの肩の後ろで冷たく震えている。

肩をギュッと

顔や声の表情は少しも変えず平静を装っているけど、この手がカルラの感情の高まりを伝え ている。本当は泣きたいのをこらえているんだ。

オレは……愛おしさがこみ上げすぎて吐きそう。 できるならカルラを思いっきり抱きしめたいが、カルラが平静を装っている以上、オレも

なんでもないフリをしてそれにこたえなくてはなるまい。

 「うん、まあ……カルラちゃんの事はわかったけど、それで……その、ゆうべの事は……」

 「だから……さ、ゆうべ突然捨てられて、腹立つやら悔しいやらでムカムカしながら眠れない夜をすごしている所に、のこのこやってきたのが

義央で……ウサ晴らしには丁度良かったから」

 チラッとカルラがこっちを見て、それからゆっくりと右手を話した。今気が付いたらしい。

 呆れているのか困っているのか微妙な表情の蓮が口を開く。

 「まあそっちの事情は分かったけどな。……このバカの方はどうする?」

 カルラの顔色がサッと赤みを帯び、テレてるのか怒ってるのかとにかく表情が生まれた。

 

 「オレだってまさか会ったその日にベッドに入ってくるような奴が、こんな純情こじらせ野郎だったなんて予測不可能だよ!

そういう所に気が付いたのはもう手を付けた後だったし、オレだってかなりだまされた気分だよ!」

 「それに関しては確かにこのバカがバカ過ぎたせいで、止められなかったオレも少しばかり申し訳ないという気はしている」

 「それにちゃんとイイ思いをさせてやった自信はあるし、感謝されても恨まれる覚えはない」

 「それはそうだってオレもこのバカに言ったんだけどな」

 「義央のコトいつもバカって呼んでるの?」

 「まあオレにとってバカといったら義央のコト以外にはない」

 カルラがすんとした表情で蓮の顔をまっすぐ見つめた。

 「もしかしてオレが義央を盗っちゃったから怒ってるの?」

 「ちがーう!!変な想像するな!!」

 「あまりムキになると蓮タンかえって本気っぽいよ」

 「誰がレンタンだ、変な呼び方するな」

 三人のやり取りを黙って聞いていたオレは、アレコレ考えを巡らせてから、カルラに声を かける。

 「あの……カルラ。カルラの事情は分かったしゆうべの事もそういう事だと納得はしたよ。 だけど今カルラはもう愛人じゃ

ないんだよな。だったらオレと」

 「いやムリ」

 「イヤせめて最後まで言わせてよ!」

 困ったようにカルラがこっちを向いた。

 「だからさっきから言ってるだろう?おまえみたいな青臭い純情野郎なんてシュミじゃ ねーんだよ。最初からそうと

分かっていたら手を付けたりはしなかったのに。おまえはもう ちょっと自分に合ったタイプを探せよ。オレなんか相性が悪すぎる。

せめてレンタンに慰めてもらいな」

 そう言いながら立ち上がり、歩いて行こうとするカルラの手をオレはしっかりつかんだ。

 「待って、行かないで、オレ頑張ってカルラ好みの男になるから!だから……」

 「ああもう分からねぇ野郎だな!!そーゆー所がすでにムリだって言ってんだよ!! やんわりフッてやったんだからそこ分かれよ!

頑張ればなんとかなるとか思ってる奴が一番 イヤなんだよ!付きまとって来るな!その手を放せ!」

 カルラはつかまれた手を振りほどくと怒って立ち去ってしまった。オレは追いかけようと したが、さすがに見苦しいからもうやめておけと

蓮に止められた。

 

 オレは、イスに座り直してがっくりとうなだれた。

 

 それから着替えて試合会場に向かった。正直試合などどうでもよくなっていたが、カルラの姿を一目見られたらという思いだった。

自分の試合は上の空だったが、なんの気負いもないためかかえって自然に体が動いてオレはアッサリと勝っていた。オレの目は

カルラばかり探していた。ついでに蓮と涼介が目に入った。蓮は地味だがしっかりと自分の戦い方で勝っていたし、 涼介は

アクロバティックな動きの多い戦い方で勝ったため、周りも盛り上がっていた。そしてカルラは……流れるような無理も無駄もない動きで

悠々と相手を組み伏せた。こんなに美しい戦い方をする人間をオレは知らない。カルラの試合が終わるとカルラの周りに五、六人の男が

集まってきて、なんだかちやほやとカルラに付きまとっていた。オレはそれを離れて見ていた。 蓮と涼介が寄ってくる。

 「朝あれだけカルラに付きまとうなって言われたんだから、さすがにやめておけよ」

 蓮にクギを刺される。

 「ホラ今カルラちゃんの周りすごいよ?今朝義央ちゃんが食堂で盛大にフラれたせいか、 カルラちゃんはそーゆーあつかいして

いいんだってみんな思い始めたみたい」

 「え、じゃあ取り巻きが発生したのはオレのせい?」

 「まあ時間の問題だったとは思うけど……なんだったらボクがカルラちゃんにイロイロ探り入れてこようか?

ボクは付きまとわないでって言われてないし」

 「おいおい、このバカにハンパな希望を持たせるような事すんなよ」

 「でも、このままじゃ義央ちゃんだいぶ引きずっちゃいそうだしさ。とにかくカルラちゃんに もうちょっと話聞いてみるね」

 と言って涼介はオレ達から離れ、取り巻きをかき分けてカルラのそばに行った。涼介はカルラの友だちと認識されているのか、

取り巻きも特に何も言わないようだ。オレはカルラと涼介を目で見送って、それから蓮に連れられて中庭に出た。芝生の上に二人で座る。

オレは、ヒザを抱えてため息をついた。

 「……なあ、この際ちゃんと聞いておきたい事がある」

 蓮が静かに口を開いた。

 「オレはオマエとは高校に入った時からの付き合いで、もう七、八年になるか?だけど一度も オマエが女の子と付き合ったのフラれたのって

話を聞いた事がねぇ」

 「うん……蓮は、ちょっと付き合ってすぐ別れたとか何度か聞いたな」

 「オレの事はいーんだよ。そうじゃなくてもしかして……」

 気まずそうに目をそらしながら蓮が言葉を続ける。

 「オマエ、男の方が好きだとか?」

 「そーじゃねえよ。オレ、カルラに会うまで男を好きになるとか思ってもみなかったし」

 「本当か?今朝カルラに言われて気付いたが、ひょっとしたらオマエ、オレの事を妙な目で 見たりとかは……」

 「ないないない!!オレにとって特別なのはカルラだけ!!他の男には興味なし!!」

 疑わしい目で蓮がオレを見る。まさかそういう疑惑を持たれるとは思ってもみなかった。

 「だけどオマエ、それとなく好意を示してくる女子がいても完全スルーしてたじゃねーか」

 「イヤそれは知らないけどさ、オレだって女の子を好きだった事ぐらいあるけど……」

 「オレは知らねーな」

 「蓮と会う前の話だよ」

 「何人好きになった?」

 「え……一人。イヤ、いーじゃないかそんな事は!」

 「オレと会う前に好きだった子がいて、その後八年間ずっと恋愛なしで、それで今カルラ?」

 「いやだってそれは……オレは一度好きになると、ずっと好きっていうか引きずるっていうか ……それに好きになった相手以外は

全然目に入らない性分らしくて……オレ他の女子に好意を持たれていたかどうかなんて、考えてもみなかったし」

 「もったいねぇ話だな。オマエのそのバカさ加減を知らねーで外見だけ知ってる女子には、 結構モテてたのに気づいてもいねーのな」

 「それは多分、口をきいたとたんにフラれるだろうから、気付く必要もなかったと思うけど」

 蓮があらためてこっちを見た。

 「しかし……よりによって、カルラとはね。本人も言ってたとおり、あまりにタイプが違いすぎるな」

 「しょーがないじゃないか、恋はするものじゃなくて落ちるものなんだから、思いっきり落ちてしまったんだから」

 「しかしなぁ、月とスッポン……ちょっと違うな。水と油、光と影」

 「それはオレだって分かってるよ。白鳥に憧れるアヒルのような身の程知らずだって事は」

 「白鳥とアヒルというよりは……ニシキヘビに恋するハツカネズミって感じだな」

 「なんか意味は分からないけどヒドイ言われ方な気がする。パクッて食べられちゃうんじゃ」

 「だって食べられてきたんだろう?」

 恥ずかしくなってきて顔をそむけた。そこへ涼介が駆け寄ってきた。

 

 「あーこんな所にいたんだ。カルラちゃんの事を教えてあげようと思って探しちゃったよ」

 「カルラの事なら何でも聞かせて」

 涼介も芝生に座り込む。

 「まずあの取り巻き連中の事だけど、あれはまあ男ばかりのこの環境で綺麗なカルラちゃんをアイドル扱いして

楽しんでるってだけで、本気で好きって感じの人はとりあえずいないみたいだし、カルラちゃんに近づきすぎないように

お互い見張ってるような感じだったから、義央ちゃんは心配しなくても大丈夫っぽいです」

 「そうか……まあそれは良かった」

 「で、カルラちゃんもその事は分かってて、あの取り巻きは女の子とカルラちゃんがいたら女の子の方を選ぶっていう

手合いなわけで……あまりにカワイクない女の子だったら分からないけどま、それはいいや。それでさー義央ちゃんの事も

きっとそのタイプなんだと、カルラちゃんは思っているフシがあって」

 「ん……?どーゆー事?」

 「じゃー聞くけど義央ちゃんはさ、ここに5〜6人のタイプの違うステキな女の子たちのグループがいたとして、誰か一人と

デートしていいってなったらその女の子グループとカルラ ちゃんとどっちを選ぶ?」

 「カルラに決まってるじゃん」

 「おぉ、即答」

 やり取りを聞いていた蓮も会話に入ってきた。

 「オレもさっきそういうような話をしていたんだが、どうもコイツは好きになった相手だけが 興味の対象で、それ以外は

男も女も見向きもしないらしい」

 「ふーん、ていうかギーちゃんってそもそも男と女どっちが好きなの?」

 「え、イヤそれは……昔好きだった女の子がいて、今はカルラだけが好きだから……」

 「つまり、男も女も好きって事?」

 「う、そーなんだろうか……イヤでもうーん……」

 そう言われるとなんかちょっと違う気もする。

 「でもなあ、カルラを男にカウントしてもいいのか?あれは正直言って、女を好きな男が見ても ちょっとエロい気分を

起こさせるような奴だぞ」

 蓮のなかなか鋭い意見。

 「まあねーカルラちゃんは中性的っていうか無性的っていうか……まあでもとにかくギーちゃん にとっては、大抵の女の子よりも

カルラちゃんの方が好きなわけだ。カルラちゃんにもその事はさりげなくアピっておくよ」

 「一時の甘い夢と思って忘れてしまった方がいいとオレは思うけどな」

 「なんだよ、蓮だってカルラの事ちょっとエロい目で見てたクセに」

 「だからそれは見る分にはいい。あのカルラが、綺麗な顔でエロい尻の持ち主なのは認める。 はたから見て楽しむ分には悪くない。

だけどそれ以上踏み込んだらイバラの道だ。あの取り巻き連中の方がよっぽど賢明だぜ」

 「見るだけでとどまれるようならオレだってとどまってたよ。止まれないからああなっちゃったんじゃないか」

 「……まあオマエは生まれてくる時にブレーキを置き忘れて着ちまったみたいな奴だからな」

 いささか呆れるように蓮がオレを見る。確かにオレにブレーキをかけてくれるのはいつも蓮だった。でも今度ばかりは蓮のブレーキも

オレにはきかない。涼介が口を開く。

 「とにかくカルラちゃん、今男に捨てられたてでちょっとナーバスになっているようだからさ、 少し落ち着くまでは刺激しない方がいいと思うよ」

 

 確かにそうだ。オレはフラれたてのカルラに言い寄ったわけで、もしかしなくてももっと タイミングを考えろっていうハナシでそりゃあ

フラれても当然っていう気がしてきた。…… オレはカルラへのアプローチの仕方をなにもかも間違えてしまったのかもしれない。

もう少しマシな方法で近づいていけば、今頃涼介みたいにお友だちぐらいにはなれたかもしれないのに……オレは今日ほど

自分の不器用さを呪った事はなかった。

 涼介はカルラの方にもうしばらくくっついてみると言って去っていった。オレと蓮はしばらくグダグダしてから食堂に行った。

カルラと涼介と取り巻きがひとかたまりになっている所から かなり離れた場所に蓮が座ったのでオレもそのそばに座った。涼介が

カルラに話しかけているのが遠くに見える。カルラはコーヒーを飲みながらサンドイッチを食べていた。コーヒーカップにカルラの唇が触れる。

サンドイッチがカルラの口の中に運ばれる。オレは、コーヒーカップとサンドイッチにたいして激しく妬いていた。できる事ならオレも

コーヒーカップになってカルラの唇に触れたいっサンドイッチになってカルラに噛み砕かれたいっ本気でそんな事を考えてから、

今のオレちょっと気持ち悪いかな、と思い直してどうにかその気持ちを静めようと努めた。

コーヒーを飲むカルラ

 

 オレがカルラに避けられているのか、それとも蓮がオレとカルラを会わせないように動いているのか、どうあれその後は

カルラの姿を見る事はなく夜になり、オレは早めに個室に引っ込んだ。 カルラが部屋の前を通るかも、と思ったがそれを見張っていたら

あまりにも不審者なのでじっとガマンした。ベッドに入り目を閉じると、カルラの面影が浮かび上がる。カルラと出会う前のオレは、

カルラがいない日常を当たり前に過ごしていたのに、カルラを知ってしまった今はカルラのいない日常をどうやっても生きていける気がしない。

 オレの心を奪ってしまうならいっそ命ごと奪ってくれればよかったのに。何度もため息をつき、 寝返りを繰り返しながら、

どうにも切ない二日目の夜は過ぎて行った。

 

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