君と呼べない君を想う
第二章 心の奥のパンドラの箱2
さてカルラの家に帰ってきて、オレは蓮にこう言った。
「そうだ、お米と炊飯器はカルラが買ってくれたから、今日ゴハン炊こうって話になってるんだけど……」
「炊けばいいじゃねーか。説明書通りにやれば炊けるぜ」
「そーだけどさ、どのくらいの量たけばいいかサジ加減がよく分からなくて……蓮はこーゆーの得意だろ?」
「蓮ってごはんたくのが得意なの?」
カルラが蓮の方を向いて尋ねる。そして少しうつむいて恥じらうように続けた。
「オレはこういうの、やった事がないから……」
そりゃそうか。家族もない住む家もないでカルラは生きてきたんだ。蓮もその事を考えたんだろう。少しとまどいの色を浮かべた。
オレがカルラに説明する。
「蓮は父子家庭で育ってるから家事は一通り手なれているんだよ」
「ふーん、母親はいないんだ」
「いやうちのは生きてるよ、離婚しただけ。今でもたまに会いにくるけどそれが面倒だったりするんで……」
カルラはちょっと苦笑いを浮かべてこう言った。
「家族ってのもいればいたで大変らしいね。オレはそういう苦労だけはした事ないから……」
それはそうだ。カルラは家族のいない苦労は山ほどしてきているんだろう。オレ、蓮、涼介の三人は
ちょっと顔を見合わせてなんとなく黙ってしまった。蓮が口を開いた。
「ああとにかく米な。とりあえずたくさん炊いて、多い分は小分けにして冷凍してストックしておけば、食べたい時すぐに使えるし、
何度かやっていれば一回にどのぐらい食べるかもわかってくるだろう」
「あーなるほど、かしこいね」
カルラが感心して言った。
「さすが蓮タン、主夫だねえ」
涼介もあとに続く。それからカルラがオレを蓮を交互に見て言った。
「蓮の方をひろえばよかったかなあ。そしたら家事上手で頼りになったのに」
「オレはカルラの奴隷になる気はねーからな」
そうは言いながら蓮は手際よく夕食を作ってくれた。オレはこーゆー事はからっきしで、出来ない自分が今日はなんだか悔しかった。
カルラが炊けたごはんを食べて、
「炊きたてのごはん……おいしい」
うっとりした顔でそうつぶやいた。オレのワガママで買ってもらった炊飯器だけど、カルラにも喜んでもらえたなら良かった。
そう思ったあとで、カルラは炊きたてごはんを食べる機会が今までほとんどなかったんだろうと思いいたった。
そう考えたらなんだか胸が痛くなって、同時に愛しさがこみ上げてきてとめどなくなってきたので、なんとかしなければと思い、
カルラの頭をなでる、という形で感情を小出しにしてみた。カルラの髪の手触りがフワフワしてる。それだけではとどめられず、
さらにカルラの肩を抱いてみた。カルラがオレを見て言った。
「ダーメ、イチャイチャはごはん食べ終わってから」
イチャイチャしたいってのとはちょっと違うんだけど……とりあえずオレは引き下がった。
……困った。カルラの生い立ちを知ってしまった今、ますますカルラが愛しくてたまらない。辛い境遇だったろうに、
周りの人への感謝ばかりを口にして恨み言の一つも言わなかったカルラの心がどれほどピュアで優しい天使なのか。
オレがカルラにできる事なら何でもしてあげたいのに……でもカルラはオレの事たいして好きではないんだよなあ。
イヤ、それでもカルラのためになにかできたら……夕食の一つも作れないのに?あ、やっぱオレ……使えない人間かも。
ああっ今さらクズな自分が恨めしい!
夕食後はソファに移った。カルラがとなりに座り、オレの肩に頭をのせてきて一言、
「なでて」
と言ってきた。今日は蓮と涼介もいるんだけど……まあいいか。オレはカルラの頭から肩、背中のあたりをなでさすった。
あんまり下の方に行ってはマズい。向かいに蓮と涼介も座って、涼介が言った。
「カルラちゃんて、本当にネコみたいだね」
「にゃーん」
カルラがそう一言こたえた。蓮がそこに付け加えた。
「この大きさだとヒョウかトラって感じだけどな」
「ちがうよ、オレの天使」
思わずそう言った直後にカルラがビシッと言った。
「誰がおまえのだよ」
「イヤ、オレの心の中ではカルラは天使って意味だから……そのくらいは言ったって……ダメ?」
「オレの、はダメ」
今日のカルラもしつけは厳しい。正直オレははやくカルラと二人っきりになりたいなと思えてやや上の空になっていた。
翌日、朝のうちにオレは一通りの掃除をした。家が道場だったため、そういう習慣が身に沁みついているのだ。
蓮と涼介、少しおそめにカルラが起きてきて、カルラはフルーツたっぷりのサラダとフレンチトーストという朝食を作ってくれた。
蓮がカルラにたずねる。
「カルラって、料理はどこでおぼえたんだ?」
「まえに知人がお店をはじめるって言って、店って昼はカフェで夜はお酒も出すような感じの所なんだけど、しばらくそこの手伝いしてて、
そこで調理を見てたり、ちょっとまかないを作ったりしてたから」
「なるほど……だからカフェ飯みたいなのは作れるんだな。オレは逆にフレンチトーストなんて作った事ねーし」
蓮は納得顔だ。オレがそこにこう言った。
「なーカルラの料理ってキレイでおいしいだろ?」
「まあそうだけど、オマエはカルラばっか見てて味なんか分かってねーだろ」
……そう言われるとそんな気もする。結局オレにとって一番のごちそうはカルラだから。
「じゃあカルラちゃんの元カレの中に料理人は居なかったんだ」
涼介がそんな事を言う。
「あ、たしかに料理人と付き合ってたらもっとレパートリー増えてたかもね。うーん確かにいなかったなあ」
いなくていいよっというおれの気持ちとは関係なく、カルラが蓮の方を見ておずおずと言った。
「ねー、蓮……お料理、教えてもらえないかな?」
「ん、まあ簡単な物ぐらいだったら……いいけど」
「ありがとっ」
カルラがニコッと笑うと、蓮は妙にテレて顔をそむけた。……なんで蓮がテレてんだよ。
午後になり、オレたちは四人で「ヴァルハラ」に向かった。夕方のはやい時間は番号のみの見習いファイターたちの前座だ。
オレたちはまず他の試合をある程度見てから参戦することにした。カルラはオレたちの試合を見てからホストクラブに仕事に行くことに。
見習いファイターはタイプもいろいろで、名を上げたい本格志向風もいれば、勝って小遣いを手に入れたいバイト感覚の若いのもいるし
パフォーマー的なのもいて本当に色とりどりだった。そしてオレはカルラが手をふって応援してくれたものだから、
すっかり「ヴァンプの新しい彼氏」という肩書きがついてしまった……らしい。今日一日で。オレたちが一通り試合を終えて客席のカルラの方へ行くと、
カルラを見つけて話しかけてきた女性がいた。
「カルラーあんたいつ帰ってきたの?」
「きのう」
「もーあんたは連絡も何もないんだから……で、また戻るの?」
「いや、当分こっち」
カルラと親しげに話している女性は、年頃はカルラと同世代だろうか、真っ赤に染めたおかっぱの髪に浅黒い肌、
黒い瞳で目はパッチリ大きく眉は黒々として凛々しく、クッキリした顔立ちはどこかラテン系を思わせる、カワイイというよりは
カッコイイといった感じのキリリとした女性だ。身長は涼介と同じぐらい、百六十七、八といったところか。迷彩柄のツナギにゴツいブーツという、
やたらにミリタリーファッションで決めている。……なんか、ゾンビ映画でゾンビと戦っていそうな感じの人だ。
カルラがオレたちを見て互いに紹介してくれた。
「あ、こちらお友だちのマリアちゃん。マリアちゃん、こっちは友だちの涼介と蓮、それからオレの犬の義央」
オレの犬ってなに!?……イヤ、そうとしか言えないか。店の隅で少し飲みながらカルラはマリアさんとしばらく喋って、
それからカルラはホストクラブ「ヘブンズゲート」に向かい、オレと蓮と涼介はマリアさんとともに席に残された。
会ったばかりの女性と何話したらいいんだ?とオレと蓮は顔を見合わせたが、そこは無敵の人懐っこさを誇る涼介が気さくに
マリアさんに話しかけてくれたので気まずい空気にはならずにすんだ。マリアさんは格闘技好きで客としてよくここに来るらしい。
カルラともここで知り合ったのだとか。しばらく話してからマリアさん、蓮、涼介は帰り、オレは一人で時間をつぶしてから
ヘブンズゲートに仕事終わりのカルラを迎えに行った。今日は久しぶりだったので少々飲み過ぎた、と言ったカルラは、
確かにいつもより頬が赤くほてっていた。帰り道を二人並んで歩いていて、少しカルラがオレから離れたりすると、
とたんに男がカルラに近寄ってくる。オレはまわりにニラみを聞かせて男たちを撃退したが、ちょっと目を離したスキに
お持ち帰りされそうになっていたカルラを慌てて取り戻し、まったく油断ならない帰り道だった。
……どうやら、カルラがお酒を飲んだせいで、いつもの氷の刃のような人を寄せ付けない雰囲気が溶けてなくなり、
ガードがゆるゆるになってしまっているのが原因らしい。おまけにほてったカルラはいつも以上に甘くエロい匂いを漂わせている。
これじゃ男が寄ってくるのも無理ないっていうか……店に出たカルラはゼッタイ一人歩きさせてはいけない、
これからもちゃんと迎えに行かなくちゃ、とオレは心に誓った。
どうにか家に帰ると、カルラはくたっとソファに横たわり、
「義央〜水〜」
と言ってきた。オレが水を持ってくると、
「飲ませて」
と言ってくる。……え、飲ませるってのはどーやって……?とオレが戸惑っていると、
「んもー、口移しで飲ませてって、そこまで言わせんなよ、もう」
カルラは身を起こし、目を閉じてキス待ちの体勢になってそう言った。オレは言われるままにカルラに水を飲ませた。
それから一緒にシャワーを浴びてベッドまで連れて行った。今日のカルラは、ニャゴニャゴとしきりに甘えてきた。
いつものひんやりクールなカルラも良いけど、ほてって甘々なカルラも……これはこれで、すごく良かった。
それから数日は、オレは「ヴァルハラ」で見習い試合をこなしつつ蓮や涼介に会い、時々マリアさんとも会って少し喋り、
帰りに「ヘブンズゲート」までカルラを迎えに行き、苦労して帰る、という日が続いた。カルラは「ヘブンズゲート」には数日出たら数日休む、
のだそうな。なので今日はそっちは休み、久しぶりにヴァンプとして「ヴァルハラ」に参戦する事となった。前座とは全然違う
熱い歓声に包まれてのカルラの戦いを、オレたちは控え室から見ていた。オレも早くあっちに行きたいな。
カルラは相手を倒すと相手の頭をグリグリと踏みつけて「ハァ?もう終わり?もっと楽しませろよ」などと言っている。
……これはヴァンプとしてのパフォーマンスなんだろう、多分。二人目、三人目と倒し五人まで倒した所でカルラは引き上げた。
一人五戦までとルールで決められているのだ。もちろん一人倒すたびに相手を踏みつけてドSセリフがあったのは言うまでもなく。
そして控え室に戻るカルラ。
「あー久々で疲れちゃった。義央ー脚さすってー」
言われるがままカルラのおみ足をさするオレ。
「あぁん。義央ったら、上手」
声を上げるカルラに蓮が一言。
「コラ、エロく聞こえるからやめろ」
そこへマリアさんも入ってきて、久しぶりでも腕は落ちてないようね、などと言った。するとカルラが、
「ねーマリアちゃん。オレ今家があるんだよ。家に来ない?」
と誘った。泊ってもいいけど、でも男ばかりの家はイヤかな、とさらに誘っている。友だちを家に呼べるようになったのが
カルラはうれしいのかもしれない。マリアさんもそんなカルラの気持ちをさっしたようで、じゃあお呼ばれしちゃおうかな、と応じてくれた。
個室のドアはちゃんとカギが付いているから、とカルラは念押しした。これはオレじゃなくて蓮と涼介に気をつけろって事なのかな。
オレとカルラ、蓮、涼介、マリアさんの五人でカルラの家に到着し、カルラがお茶を入れてソファに座った。オレはカルラの右側が
定位置になっているので右に座る。カルラがマリアさんを自分の左側に招いたのでオレ、カルラ、マリアさんが並んで座り、
蓮と涼介は向かいに座った。カルラは当たり前のようにオレの肩に頭をのせて、体をあずけてくる。……まあいい、今のオレはソファの一部だ。
そのままカルラとマリアさんの話を聞いた。
二人が出会ったのは七、八年前、ヴァンプの名を貰って間もないころのカルラの試合をマリアさんが見に来ていて、
すっかりヴァンプのファンになったマリアさんがカルラに握手を求めた所、カルラが悲鳴を上げて逃げ出したのがきっかけだったそうな。
……最悪の出会いっていう気がするが。カルラが言った。
「しょーがねーじゃん。そのころのオレ、女ギライもピークの時でこらえ性もなかったし。今はずいぶんガマン強くて穏やかになったモンだけど」
「アレ、でもカルラ、お店のおねーさんの胸とか無造作にさわってたけど……」
カルラの実家での事を思い出してオレが言った。
「アレはいーんだよ。あいつらオレを男だと思ってないし。まあそれでマリアちゃんには失礼な事しちゃったってあとで謝って、
それから友だち付き合いがはじまって」
「あたしも最初はショックだったけど、ほらカルラが男好きとかまだ知らなかったから、カルラを男だと思って見ていたし。
まー今はほぼ同性感覚で見てるからいいんだけど」
蓮がマリアさんをチラチラ見て、おずおずと言い出した。
「こういうキレイなお姉さんに握手を求められたのなら、なにも逃げ出す事もないように思うけどな」
するとカルラがキッと蓮をニラんでこう言った。
「じゃーこう考えてみろ。試合で勝って知らない男性客からハイタッチを求められたら、それは応じるよな?」
「そうだな」
「で、そのハイタッチした手をいきなりギュッとにぎられて好きです、なんて言われたら、ちょっと相手がイイ男だから
まあいいかなんておまえは思うのか?」
「いや……スマン、それは思えない。そーか、カルラにとってはそんな感じか」
心から納得して蓮はそう言った。
「てゆーことは、カルラちゃんを異性として意識して寄ってくる女の子がカルラちゃんはダメなんだ」
「そう、嫌悪感がすごくて逃げたくなっちゃう。同性感覚で寄ってくる女は平気なんだけどね。だからマリアちゃんは
最初ダメだったけどすぐ平気になった」
涼介の言葉にカルラがこたえる。
「たしかにあたしも最初一瞬カルラに恋愛感情らしきものを持ちかけたけど、悲鳴を上げて逃げられたとたん消えてなくなったわよ。
淡い恋にもほどがあるわ」
「マリアちゃんが男だったら付き合ってもよかったんだけどね」
「で、すぐに別れるわけ?あたしは、付き合ってないから長続きしてるんだと思うけど」
「確かにねー、恋より友情の方が長続きするかもね」
……ふと気が付くと、会話はほぼカルラとマリアさん、時々涼介というカンジになってきて、オレはほぼ人間ソファと化し、
蓮も聞き役に回っている。……なぜだろう、この女子会に紛れ込んでしまったような気分は。女子はマリアさんしかいないんだけど……。
それから話を聞いて、マリアさんは外国の軍隊で数年訓練を受けて帰ってきて今は格闘インストラクターをしているという
男前すぎる経歴の持ち主だと知った。ミリタリーファッションも趣味ではなく仕事着だった。 カルラとマリアさんを見て、
ちょうど正反対でだから相性ピッタリなように見えた。男でも女でもない妖精のようなカルラと、女性らしさの中に男らしさも
あわせ持つマリアさん。色白のカルラと浅黒いマリアさん。ひんやりクールなカルラと情熱的なマリアさん。
……確かにマリアさんが男なら、あるいはカルラが女性も好きになれればすごくお似合いのカップルになったかもしれない。
うわーなんだこの気持ち。ヤキモチ……とはちょっと違うけど、なんかオレ、マリアさんには完全に負けた気がする。
唯一のすくいは、カルラとマリアさんの間に恋愛感情はないってことだけど、恋よりも友情の方が強いとも言ってたし
……オレはモヤモヤと敗北感をかみしめた。
そうそう、マリアさんは日系ブラジル人が日本に移ってきたブラジル系日本人との事だった。やっぱり南米だったか。
涼介が言っていた「ハーフの友だちはハーフ」という説はあながち間違いではないかもしれない。じっさいここは
複数のルーツを持つ人間ばかり集まっている。まあ類は友を呼ぶってことか。それからマリアさんは時々カルラの家に遊びに来るようになった。
まあカルラも楽しそうだからいいけど……いいけど………カルラをとられたようで、ちょっとだけ寂しい。
さてある日、オレはカルラを「ヘブンズゲート」におくったあと、前から考えていた事を行動にうつした。カルラの実家シャングリラに
一人で行く事にしたのだ。店の人につかまりそうになりオレは「客じゃありません、オーナーに会いたいんです」という必死のうったえで
なんとか店の奥に入れた。万一うっかり客にでもなってしまったらカルラに会わせる顔がない。すみれママはオレの事をおぼえててくれたので、
まずオレはあの二人の子どもたちにわたしてほしいと、無地のノート数冊と色鉛筆のセット二つを渡した。
「アラあの子たちもう寝ちゃってるのよ。残念ね、直接わたせなくて」
「イヤ、寝かせておいてください。こんな物でも、あの子たちにつかってもらえたらと思って……つまらないものですみません」
「ううん、あの子たち、おさがりじゃない新品をもらう事ってあんまりないから、喜ぶわよきっと」
そうなんだ。オレもきょうだいが多いから経験があるが、おさがりと新品ではうれしさの度合いが違う。それにきっとあの子たちも
学校にも行けているかどうかだし、単に絵を描いて遊ぶのもいいし、役に立ったらいいなと思う。
「それであの、迷惑でなければ、カルラの話を聞かせてもらえないかと思いまして……」
するとすみれママの目がキラリと光って、イイモノがあるんだけど買わない?と持ち掛けてきた。なにかときいてみたら、
カルラの写真だと言う。この店で働いている女の人や育った子どもたちが家出などで行方不明になった時に、写真がないと探すのに
苦労するから、二、三年おきにみんなの写真を撮るようにしているのだそうな。(店の女の人はすっぴんとメイク顔の両方)
それでカルラの小さい頃の写真もあるとの事。さらにカルラは付き合った男に写真を撮らせない事で有名なのだそうで、
それと言うのも付き合った男に変な写真を撮られたりバラまかれたりして困ったという女の人の話を、この店やその周辺で
さんざん聞かされて育ってきたからだとか。だからカルラの写真は手に入りにくいから買えと言ってきたわけで、五万といわれて
それはムリと断ったらジワジワと値段を下げてきて、二万三千あたりでオレがかなりグラついてきた所を二万ポッキリと言われて……
とうとう買うと言ってしまった。するとすみれママは引き出しから小さなアルバムを出して渡してくれた。……もしかして、カルラの彼氏が
来るたびにこうして写真を売りつけているんじゃ……ん、まあいいか。最初の一枚は三才のカルラがお母さんに抱っこされている写真で、
最後のはボディーガードになると決まった時のだろう、一年前のスーツ姿のカルラで、二、三年おきに九枚の写真が納まっていた。
……十六才のカルラがミニスカート姿なのがすごく気になった。のですみれママに聞いてみた。
「ソレね、そのころ付き合っていた男にミニスカート着てって言われてたから。あの子けっこう男の言いなりで何でも言う事きいちゃう子なのよ」
「え……!?なにそれ、マジで!?」
思わず声が大きくなった。じゃあもしもオレがミニスカはいてって言ったらカルラは、イヤ言う事きくって言ったのはオレの方なんだから
それはナシだ。それに今のカルラだったらミニスカよりスリットの深いチャイナドレスとかの方がイヤイヤそーゆーんじゃなくて、
オレはありのままのカルラが好きだからむしろ何も着ていない方が、イヤそれはそれで困るか。
オレが一瞬そんな事を考えている間にすみれママが言葉を続ける。
「カルラはねー、誤解されやすいんだけど、実は付き合った相手には何もかもささげて尽くしちゃうタイプなのよね。
それにすごーくキズつきやすいから、男におそわれてキズつくぐらいならって自分から男引っ張り込んじゃうし、
フラれてキズつくのがイヤだからちょっと何かあると自分からフッちゃうし、そーゆー裏腹な所のある子なのよ。
器用に世渡りしているように見えて、実はびっくりするぐらい恋に不器用なのよね」
そう言われて良く考えてみると、今までカルラの捨て猫のような臆病でキズつきやすい手触りと、ヴァンプの男をとっかえひっかえ振り回す
小悪魔のような評判とがなんかイメージが重ならないなーと思っていたのが、ようやく一つにつながった気がした。臆病ゆえに攻撃的で、
傷つきやすい分傷つけて、男を振り回しているようで実は男に振り回されているカルラ。……あ、やばい。愛しさがこみあげてきて息苦しくなってきた。
「言っておくけど、今までカルラが連れてきた男にこんな話したことはないのよ。でも……あなただったら、少なくとも今までの男よりは
カルラやさしくしてくれるかなって思ったから……だってあなたって、ロクに口もきいてない子どもたちにわざわざ手みやげ持ってきてくれたでしょう。
カルラの連れでは初めてよ」
すみれママはそんなふうに言ってくれた。でも……
「イヤ本当にささやかな物ですみません。それにオレは……カルラにとってはただの気まぐれの相手っていうか、全然その恋人とかじゃないんで」
恐縮しきりのオレを見てすみれママはニッコリ笑って言った。
「言ったでしょう、カルラはびっくりするぐらい不器用だって。カルラの言葉を文字通りに聞いてちゃダメよ」
……そんな風に言われると、うっかり希望を持ってしまいそう……
「あ、すみません長居してしまって、カルラを迎えに行くんで今日はこれで。また子どもたちになにか持ってきます」
「アルバムはカルラに見つからないように気を付けてね。見つかると取り上げられちゃうから」
カルラのアルバムをしっかりとしまい込んで店を後にした。正直、二万はかなりボッタクられたような気もするが、でもカルラの写真は
手に入ったし話もいろいろ聞けたから、まあ良しとしよう。オレは、カルラに何ができるだろう?オレあんまりデリカシーとかわかんない方だから、
知らぬ間にカルラを傷つけてしまったりしないか心配……。カルラが実は尽くすタイプだというのも、言われてみれば確かにそうで、
オレをこき使うよりもせっせと世話を焼いてくれているしな実際のところ。……ミニスカート姿を思い出してしまった。イヤ、あれは十六才のカルラで
まだ背も伸びていないし体つきも子どもだったから似合っていたわけで、今の成人男性の体では厳しいか……でもカルラ、脚キレイだからなー。
イヤ、オレは言わないよ。着てなんて言わないから。まあ……想像ぐらいはしてもいいよな……イヤ変な事考えてたら顔に出て
カルラにバレるかもしれない。しっかり気を引き締めてからカルラを迎えにヘブンズゲートに向かった。